2020/9/30

朝起きて、ゆがみを感じる。普通になれないことが寂しく、死ねないから生きている。何に人生を捧げたい?南野ビーチでパラダイスがしたいのか。風車と汽笛の音。幼き記憶。時間は戻らない。何をすることに時間を使えばいいのか。普通になれない、変わり者だと決めつけている節がある。浮かれている中で苦しむ。誰も見えないものを見る。誰も気づかないところに気づく。浮かれている中で、苦しみの光。誰も私を止められない。人が多い。浮浪者として生きる。世帯を持たず、貧困のドン底で輝く。何をしたい?ただ幸福を求めている。それは自らの手で創るもので、決して他人の手に委ねてはいけない。誕生し、朽ち果てていくこの世界で、何を支えにすればいいの。血液は流れ、交差点では人が行き交う。親の望みを素直に聞いて、碌なことになったことがない。コンクリートジャングル。人間は蛆虫のように湧き出してくる。食えない不安と普通から落ちていく恐れが纏わりついて離れることがない。目覚めた瞬間から重い想いが圧し掛かる。こんなはずじゃないと思う。もっと輝いているはずだったが、沈んでいく日々が永遠に続くのではと不安になるほど続いている。金を持っても日々は続く。時間に追われることはなくなり、あれほどストレスだった人間関係のしがらみから離れることもできる。それでも食って排泄し、笑い、怒り、死を待つことに変わりはなく、労働者から離れていく寂しさが募っていくのだろうか。どれほど豊かになっても、食って寝る。それが経済であり、留まることはない。悩み、苦しみ、笑い、嗚咽する。人間の営みは不変である。形のないものを形に変える。心の底から笑えない。何が正解かわからない。何を追っても煙に巻かれてしまう。何をしても空虚だ。何をしても終わっていく。何をしても。極端に自分がない。このまま消えていくのだろう。容易に想像できる。ささやかな喜び。銭湯に入ること。ご飯を炊くこと。もっと内省し内省を重ね、見えないものを見る。彼方へ旅経っても、日本が恋しい。異国の地で、視野が広がった気になる。いつも同じことを書き、同じことを考え、同じことを行い、同じことで落ち込み、同じことで幸福を感じる。糞みたいな日々。うんざりするよ。誰も関わらないで、期待しないで、普通じゃないんだ。変な人間でいい。これが自分だ。偽りたくないし、糞なものは糞と言いたい。揺れるビートになると、ムードが変わる。波に揺れるように生きていたい。人間は変わらない。本当のことをしたい。生きている間、本当のことをしたい。偽りに笑うなんてできないから、本当のことをしたい。見栄を張る贅沢には一切興味がないが、質の良いものは好きだ。質の良さに値段は関係ない。中長期の投資。贅沢したら終わり。生き地獄。何を大事にしたいか。年をとり死んでいく。どう生きてもよい。どうにでもなれる。何もできない。苦しいことは時が洗い流してくれる。時がすべてを洗い流してくれる。暖かい家族の風景。私が本当に欲しいものは、料理の香り。秋の冷たくて芳醇な匂い。雨の降る夜の静けさに、酒場に溢れる我を忘れた人間たちに、手を引く少女が私の望み。もっと自由に生きられるはずなのに、プライドが邪魔をする。それは途方もないことである。それはとても悲しいことである。風呂なし、トイレ共同アパートでの貧困暮らし。バイトしながら投資の道を突き進む孤独な旅。街全体がリサーチの場であり、写真を撮る。日々探求し、投資の道を突き進む。熱くたぎらせる人生を送りたい。マスターズの大会へ出場する。