12月27日

富士山にかかる雲を見ていた。まとまりとなって浮いている。少し黒みがかった雲が太陽と重なり日陰となった。不思議だよなとしみじみと思う。科学的にはこうなってああなってるからとか概念として説いている。しかし、どうしてこうなっているのかとかもう理論がああでこうでというものを突き抜けているように思える。雲は改めて不思議だ。同じ形が一つもない。雨となって川となって海へと行きつくとされているが、それはもうこうなっているとしか言いようがない。人智の及ばないこの自然は流れている。この肉体も流れている。人も時空の中を踊るように流れている。変わらないものなどこの世界に何もない。命尽きて土となり、新たな命を育む地となる。俺が溶けてしまうとき、全てがうまく回って行くように思える。感覚はなくなるのに、美しい安らぎのようなそんな、風となって、飛び立つかのような、そんな…

12月8日

肉体的なしんどさっちゅうものは慣れるだろう。其れ相応の体力と筋力が自然とついてくる。精神的なものはかなりこたえる。その無意味さと、儚さに。こんなことして結局金のためかとなったらそれはしんどいだろう。

永遠と愛を。あったかくて安らかな手に掴めない何かを。この体をめいいっぱい使って、俺の王国を創る。夢の世界をこの手で創る。

11月19日

またやってしまった。他人がああだこうだじゃなくて己だ。比較ではなく己自身だ。直そうとしない。気づいているから。いつの間にかそうゆうふうでいられたらいい。

スノーボードは気持ち良すぎる。気持ちいいことをずっとやっていたい。体は心以上に正直であるようだ。内側の声を素直に聞こう。ただ、流れに沿って、あるがままである。自分でいる。それが本望である。

11月18日

自由自在に、力みを抜いて、流れの中に身を委ねる。するとどうだろう。とてつもない開放感に包まれる。今、鼓動、人々の蠢く振動を、呼吸を、五感を、研ぎ澄まして、研ぎ澄ますという意識もせずに、感じる。ここだけを感じる。そんなふうに、流れていく。

川だ。